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ニニギノミコト陵墓参考地

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可愛岳(えのたけ)麓の俵野地区には、宮内庁指定のニニギノミコト陵墓参考地があります。かつては経塚と呼ばれていた古墳で、享和元年(1801)内藤藩4代内藤政韶(まさつぐ)がニニギノミコトの御陵として比定。明治28年(1895)に「御陵墓伝説地」となり、大正15年(1926)に「陵墓参考地」と改称されました。地元では、俵野の地名はコノハナサクヤヒメが火中出産したことにちなみ「火生野」が転じたものとされています。

可愛神社近くの成就寺は以前、可愛寺という寺で、10代の崇神(すじん)天皇および11代の垂仁(すいにん)天皇が、ニニギノミコトの可愛山陵を奉祭するために、勅使(天皇の御使)が参向したとき、仮泊所としたところであると伝えられています。

近くにある可愛岳の山頂付近には「鉾岩」(ほこいわ)や「三本岩」という巨石遺跡があり、『宮崎縣史跡調査』の「可愛神社」(可愛権現神社)の項によれば、「ニニギノミコトの崩御(ほうぎょ)があって、可愛岳山頂に埋葬したところを鉾岩と云う。ここに崇神(すいじん)天皇の御宇に社殿が建立されたが、参路が峻険(しゅんけん)で参拝が至難のため、平易な地へ社を創建して、そこから遙拝(ようはい)したのがはじまりである」とされています。

 

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